よもやま話

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和に学ぶ

冬の本堂

軒裏(のきうら)の美 軒裏を見上げてください

軒裏(のきうら)の斗(ます)

斗(ます)と垂木(たるき)の美 ーとても美しいですー

荷重を支える隅の複雑な木組み ー彫刻も見事ですー

堂内の虹梁(こうりょう)と木組み ー芸術的な虹梁ですー

堂内中央の虹梁(左)と木組み ー長さ四間の欅材(一本) 彫りと深い彫刻が見事ですー

堂内中央の虹梁(右)と木組み 四間の欅材です

2018年豪雪の本堂には最大の荷重がかかりました

瓦を幾重にも積み重ねた隅棟には強い荷重がかかります 
落雪の時に隅棟が全部落ちてしまったこともありました

和に学ぶ

正覚寺本堂は今年で再建141年になりますが、建物の構造を見ていると宮大工の技術の素晴らしさが分かります。同時に木造寺院建築は仏教の精神に基づいた構造になっているのだろうと想像します。

正覚寺本堂にお参りになられた方は、是非ケヤキ(欅)の柱に掌(たなごころ)をあてて木の温もりを感じてください。正覚寺の本堂は文殊山の自然に和みながら佇んでいます。そして近隣の山で数百年間生きていた欅は現在本堂の柱となって仏法を支えています。

そして宮大工の技術で造られた木造寺院建築を美しさを実際に見て、そこに生かされている和の心に学んでいただきたいと思います。

木造寺院建物の多くは屋根が高くなっています。軒先が短いと建物の壁に雨があたりやすくなったり、参拝の利便にも支障を来たすので、必然的に軒は長くなります。しかし、軒先が長いほど荷重がかかるので、荷重を支える構造が必要になります。そのため垂木を太くしたり、本数を増やしたりしてきました。

軒先だけでなく更に荷重がかかる隅の部分には、ひときわ太い隅木が設けられています。特に瓦屋根では隅の部分で、幾重にも瓦を重ねた隅棟と先端の鬼瓦を支えることになり強い荷重が加わるので、荷重を分散するような木組みが複合的に用いられます。

また雪国独特の事情もあり、1メートル以上の積雪に耐えるように太い垂木が数多く用いられ、曲線になっている屋根の勾配も前後の屋根雪が均等に落下するようにつくられています。

『木に学べ』西岡常一著を読みながら、正覚寺の本堂を見ていると建物自体が重量を分散し衝撃や振動を吸収して和らげるような構造になっていることが分かります。釘をほとんど用いずに木の組み合わせだけでこのような建物を造ることができた、宮大工の英知には感動します。

部材はすべて工人が手作業で造った物ですから、同じ形の物は一つとしてなく、バラバラですが同時に一個として独立したものはなく、すべてが有機的につながってあっています。これは仏教の縁起にもとずくものだろうと思います。

軒裏・斗・隅などを見ていると形そのものが非常に美しいのですが、それ以上に形の個性も異なるもの同士がお互いに、有機的につながりあって荷重を分散し衝撃を和らげる構造になっていることに驚かされます。

これは人間関係のなかでも大切なことです。力による上下関係はいずれ破綻します。社会的矛盾を弱い人に押しつけてはいけないでしょう。特定の人たちに負担が押しつけられるのではなく、負担は分散して衝撃は和らげ、異なる個性をお互いに認めあい補いあって、和合衆(わごうしゅう)といわれるような和かな人間関係を構築する必要があります。

宮大工からも敬われている聖徳太子の十七条憲法の「和(やわら)かなるをもって貴(とうと)しとなす」を具現しているのが木造寺院建築なのかもしれません。

本堂にはお念仏の声がしみこんでいると聞きました。たしかにこの本堂でどれだけ多くの門信徒の口からお念仏の声がこぼれてきたのか、そしてその人たちがどのような人生を歩んだのか想像しています。

建物には大黒柱や心柱がありますが、私たち人間関係の心柱は阿弥陀如来の本願です。

ひとつひとつの構造が有機的的ですな。一個として、それだけ独立しているということはないんです・

飛鳥時代かそれ以降かを見分ける、簡単な方法を説明しましょうか。柱と虹梁のつなぎ目を見てください。一本の虹梁の端を斗というもので受けて、それを柱に伝えるわけですな。梁の上には、屋根の荷重を支える人形束があつて、建物の中心の荷重を両方の太い柱に分散して支えてますな。これは、たいへんな知恵と工夫で、飛鳥の工人の魂をここに見る感じがしますな。

『木に学べ』西岡常一著 小学館文庫

 

 

宮大工の口伝

塔組みは、木組み                           
木組みは、木のくせ組み                    
木のくせ組みは、人組み                    
人組みは、人の心組み                       
人の心組みは、棟梁の工人への思いやり    
工人の非を責めず、己の不徳を思え 

法隆寺を支えた木』NHKブックス

 

縁起(えんぎ)

あるものと他のものとの関係性をいうのであって、他の何物とも関わりなく条件づけられずに存在するものはないということである。

(中略)
あらゆるものは関係し合って成り立つものであり(中略)自ら単独で完結している、ものはないというとらえ方である。。
釈尊の教えとその展開 ーインド篇ー』本願寺出版社

 

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