私は昭和53年(24歳)からお寺の法務をしていますが、昭和50年頃をふり返って思うことがあります。
当時のご門徒のなかには太平洋戦争で悲惨な体験をした方、親族が戦死した方、福井空襲を体験した方、シベリアに抑留された方などが多くいました。
今、思い返してみると、人に言うことができないような辛い体験をして、救いを求めてお寺にお参りされていた方も多かったのではないかと思います。
ご門徒宅にお参りをしたときや、本願寺福井別院で戦争体験をお聞きしたこともあります。「戦争は絶対にだめだ」という声も確かに聞きました。
本堂に座って阿弥陀さまの願いを聞き、先人達の思いや平和の大切さを、次の世代に伝えていきたいと思っています。
『福井空襲70年』
◇福井空襲の状況 1945.7.19
福井空襲
1945(昭和20)年
7月19日夜10時55分より約2時間。
B29爆撃機127機による
無差別絨毯(じゅうたん)爆撃で、多くの非戦闘員が殺傷された。
福井城址北西付近を中心に
半径1.2㎞の範囲が標的となった。
焼夷弾の数10万発以上
死者1576人
西別院前の川での死者数40~50人以上?
西別院境内防空壕死者数 ?人
西別院境内での火葬者数378人
被災者93,038人 被災者率93.2%焼失戸数 23,086戸 焼失率96.0%
『あれから30年 '75『福井空襲展』アンケートのまとめ』
福井空襲史刊行準備会発行
【福井空襲展会場で被災者の
写真パネルの横に掲示してあった説明の文章】
あなたは語らない
あなたは叫(さけ)ばない
いま
こうして
あなたの姿がよみがえる
あなたの声が聞えてくる
あなたのうめきが
きこえてくる
【アンケートに書かれていた言葉】
西別院前の悽惨な様子は、
言語に絶する地獄絵図であった。(66才)